法隆寺の柱はギリシャ神殿のエンタシス!?その理由と真相とは?

 
パルテノン神殿

法隆寺の柱はギリシャ神殿を模して作られたと言われているのをご存知でしょうか?その柱の形をエンタシスというのですが、法隆寺の柱とギリシャ神殿の柱はどちらもエンタシス効果が使われているのだそうです。それは本当なのでしょうか?その理由と真相に迫ります。

そもそもエンタシスって何?

ギリシャ神殿(パルテノン神殿)
法隆寺とギリシャ神殿の柱の関係を探る前に、そもそもエンタシスとは何なのでしょう?特別建築学に詳しい人でない限り、エンタシスとがどういうものなのか知らないかもしれません。

そこで、まずはそもそもエンタシスとは何なのかについて簡単に解説します。

エンタシスは柱の形

エンタシスとは、簡単に言えば柱の形のことです。

基本的には、柱の下の部分から上部にかけて少しずつ太さが細くなっているもののことを言います。ただ、中には柱の真ん中にあたる部分が一番太く、上下にかけて細くなっているものもあります。

このエンタシスを考案したのはローマ時代の建築家ウィトルウィウスだと言われています。彼は「建築について」という書物を記した人物で、世界最古の建築に関する書物とされています。

ちなみに「エンタシス」という言葉はギリシャ語です。「引っ張る」や「きつく引き伸ばす」などの意味があります。

エンタシスの視覚的効果

エンタシスは現在も使われています。それは、視覚的効果を狙っているからです。上部にかけて少しずつ太さを細くするエンタシスを用いると、建物がとても高く見える視覚的効果が得られます。

通常、近いものは大きく、遠くになるにつれて小さく見えます。柱においてもそれは同じで、目線の近くにある柱は太く見えますが、目線が上になるにつれて柱の位置は遠くなり、柱そのものも細く見えます。

エンタシスはこのような遠くになればなるほど柱が細くなるという視覚的効果を狙っています。エンタシスを用いることで、建物がより高く見えるようにしているのです。

日本では「胴張り」

日本にも昔からエンタシスと同じ効果を持つ建築方法があります。それを「胴張り」と言います。

奈良時代前期にはこの胴張り効果が盛んに用いられていました。ですが、時代の流れと共に胴張りを用いた柱は少なくなり、平安時代には完全に消滅したとされています。理由は平安時代以降の建造物に胴張りを用いた柱が一本も見つからなかったからです。

エンタシスの代表的な建造物がパルテノン神殿

パルテノン神殿
エンタシスの代表的な建造物が、ギリシャ時代に建造されたパルテノン神殿です。パルテノン神殿は、意図的にエンタシスが使われています。それはどうしてでしょうか?

パルテノン神殿とエンタシスの関係について解説します。

パルテノン神殿は国家の威信をかけた一大事業だった

パルテノン神殿を建築した理由の一つが、大々的な国家プロジェクトだったと言われています。巨大で美しいパルテノン神殿を建築することで、ギリシャの力を世界中に知らしめる効果もあったのです。

そのため、パルテノン神殿は誰が見ても美しくて素晴らしいと思えるような建造物にしなければいけませんでした。高い柱をいくつも配置することで、美しさと壮麗さを表現しようとしたのです。

ところが、ここで大きな問題が生じました。実際にパルテノン神殿の柱を作って立ててみたのですが、柱の真ん中が細くて不安定な印象を与えたのです。測ってみたところ、真ん中の部分だけ細くなっているということはありません。ですが、立ててみるとどうしても細く見えてしまいます。

これは、人間の目の錯覚によるものです。パルテノン神殿の柱はすべて縦方向に溝が彫られています。これはパルテノン神殿を美しく見せるための溝なのですが、この溝があるために柱を立ててみると真ん中が細くなるように見えてしまうのです。

錯覚防止対策として取り入れられたエンタシス

一大国家プロジェクトとして建築が始まったパルテノン神殿。ですが、見た目が不安定になると美しさや壮麗さは失われてしまいます。そこで用いられたのがエンタシスでした。

上に行くほどに柱を細くすることで、真ん中が細くなっているという錯覚がなくなり、真っ直ぐ天に向かって伸びているように見えるようになりました。見た目の不安定さもなくなり、美しくて壮麗なパルテノン神殿となったのです。

法隆寺の柱はパルテノン神殿のエンタシス?

古いお札
法隆寺の柱は、パルテノン神殿のエンタシスが用いられていると言われてます。日本の法隆寺とパルテノン神殿では、あまりに違い過ぎるように思えます。なぜ、そのように言われるようになったのでしょう。その真相に迫ります。

発端は建築家の伊東忠太

法隆寺の柱がパルテノン神殿を参考に作られたという仮説の発端は、建築家の伊藤忠太氏です。1893年、現在の灯台に在学中の伊藤忠太氏は、法隆寺の柱に用いられている胴張りは、古代ギリシャのエンタシスが起源になっているという論文を発表しました。この斬新な説に多くの学者たちが注目します。

その後、昭和に入って日本思想史家の和辻哲郎氏が発表したエッセイで、伊藤忠太氏が発表した論文を取り上げます。このエッセイが大変有名になり、法隆寺の柱は古代ギリシャのエンタシスが起源だとする説が一気に広まったのです。

見た目が似ている法隆寺とパルテノン神殿の柱

法隆寺の柱がなぜ古代ギリシャのエンタシスを起源としているのか。それはパルテノン神殿の柱と見た目が大変いていたこともあったと言われています。

パルテノン神殿のエンタシスについては、先ほどの項目で詳しく解説しました。これは人間の錯覚を防止するために用いられた苦肉の策だったのです。

一方の法隆寺の柱もまた、真ん中のあたりが太くなっていて、古代ギリシャに建造されたパルテノン神殿の柱と似ています。このような見た目から、起源は古代ギリシャのエンタシスにあるに違いないと思ったのでしょう。

法隆寺の柱はエンタシスとは無関係

虫眼鏡で調査する
法隆寺の柱の起源が古代ギリシャのエンタシスにあるという説は、当時は大変にぎわせましたし、多くの人たちの注目も集めました。ですが現在、法隆寺の柱とエンタシスは無関係だとされています。その理由について解説します。

法隆寺とエンタシスを関連付ける証拠がない

法隆寺の柱が古代ギリシャのエンタシスと無関係であるとされる理由の一つに、法隆寺とエンタシスを関連付ける証拠が何一つないという事実が挙げられます。

もし本当に法隆寺の柱が古代ギリシャのエンタシスに関係しているのなら、歴史書や古い建築学に関する書物に、そのことが記載されているだろうということです。ですが、どれだけ文献を探してもそのような事実は見当たりませんでした。

事実としての証拠がない限りは、法隆寺とエンタシスを関連付けることはできないとされ、関係ないとされています。

中国やシルクロード周辺でもエンタシスは見られない

もし仮に、法隆寺の柱が古代ギリシャのエンタシスを期限に持っているとしましょう。古代ギリシャはヨーロッパです。当時、ヨーロッパからの文化はすべてシルクロードを通って日本に伝わりました。もし本当に古代ギリシャのエンタシスが日本に伝わったのなら、シルクロード周辺でもエンタシスを使用した建造物があるはずだとされています。

ですが実際には、シルクロードの中心である中国でもシルクロード周辺でも、エンタシスを用いた建造物は発見されていません。また、そのような記述が残っている文献も発見されていません。

中国やシルクロード周辺でエンタシスが見られないのなら、飛び越えて日本だけにエンタシスが伝わるわけがないということです。この事実から、法隆寺とエンタシスは関係ないと言われています。

まとめ

法隆寺とエンタシスについて解説してきました。もともと法隆寺にはさまざまな謎や逸話が数多く残されています。そのような一環で法隆寺の柱と古代ギリシャのエンタシスが関連付けられたのかもしれません。それだけ法隆寺は不思議がいっぱいのお寺だということなのでしょう。

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