「つるし飾り」は、それぞれが縁起物の意味を持つ細工物をつるして飾った、江戸時代から続く女の子のためのお祝いです。 有名な「全国三大吊るし飾り」つるし飾りのひとつ「さげもん」とその魅力を紹介したいと思います。
もくじ
つるし飾り。つるし雛の風習とは。
つるし飾り「つるし飾り」は、縮緬などの着物の布を解いて作った細工物を紐で繋げて、竹等で作った輪に吊るして飾りにした物です。 その起こりは江戸時代とされていて細工物一つ一つに長寿や健康などを願う意味があり、女の子が生まれたお祝いとして届けられ、桃の節句に飾ったと云われています。
九州柳川の「さげもん」、静岡稲取の「つるし雛」、山形酒田の「傘福」などが有名で、日本各地に伝わり、同じ様な飾り物がインドや中国にもあるのが興味深いところです。
桃の節句に、あるいは女の子が生まれた時に親類縁者が作って持ち寄り、雛飾りの代わりとして飾った地域、また雛壇飾りの両側に吊るした地域等、その地域ごとに多少の違いはあるようです。 また最近では、桃の節句だけではなく、端午の節句用に作られた物や、長寿を祈願する物、喜寿や米寿のお祝いの物としてのつるし飾りも作られています。細工物一つ一つに様々な願いが込められ、吊るす数にも長寿への願いが込められています。
山形県の「傘福」で、これらは「全国三大吊るし飾り」と呼ばれています。
つるし雛の風習の起源は、いずれの地域も江戸時代末期と考えられています。
「さげもん」は、柳川雛祭りの縁起の良い飾り物。
水郷ならではのひなまつりを満喫柳川の雛祭りで飾る「さげもん」は、江戸末期頃より、女の子が生まれると初節句のお祝いにお雛様の代わりに古着の端切れで小物を作り飾ってお祝いしたのが始まりだと言われています。
小物には、鶴、亀、えび、三番叟といった縁起の良い小物がさげられ、一つ一つ袋ものになって物を入れることができます。 竹の輪に、7個7連に49個の小物と、真中に大きな柳川まりを2個さげて全部で51個。 人生50年と言われていた時代に一年でも長生きしてもらいたいという親の願いが込められています。
縁起ものを吊るして、初節句の女の子の幸せと健康、無病息災、良縁を願って飾る「さげもん」。
親から子へ子から孫へ受け継がれ、地域みんなで祝う風習が今なお続き、心温まる思いやりと地域の絆を大切にしています。
どんこ舟での川下りやうなぎのせいろ蒸し、詩人北原白秋の生誕の地としても知られる町で、
江戸時代から伝承される華やかでおめでたい桃の節句のお祭りです。
水郷ならではのひなまつり「おひな様水上パレード」
柳川独特の風物となって観光客の人気を呼んでいる柳川のひなまつりをさらに盛大にしているのが、
観光イベント化で生まれた「おひな様水上パレード」。川下りのドンコ船に雅楽隊、男びな・女びなの扮装の男女、そして晴れ着姿の幼女が乗り込み、川下りコースをゆっくりと進む。 写真撮影に絶好の風物詩で写真愛好家も押し寄せる。 船着き場近くの商店街では「さげもん」を飾り、ひなまつりの盛り上がりに一役買っています。
さげもんは誰が用意するの?
さげもん風習の由来柳川さげもんのいわれの一説より
柳川さげもんは城内の奥女中が着物の残り布で、子どものおもちゃや琴爪入れを作ったのが始まり。
そのうち、それらを下げて楽しむ様になり、今日に至っています。さげもんは、7X7=49ですが、子どもの健やかな成長と人生50年と言われていた時代に、
1年でも長生きしてもらいたいという親の願い、さらに縁起をかつぎ50という偶数では割り切れるので、
さげもんの輪の中央に大きな毬を2個下げて51にして飾るようになりました。さげる順序は上中段に飛ぶもの山のもの木になる(咲く)中下段に水中のも、の動物、人形を基本としてます。 最下段は這い人形、柳川まりになります。
女の子の初節句を祝う気分は最高に盛り上がりそうなお祭りですね。
街を上げて盛大に祝ってもらった経験は、
女の子たちの心に一生の思い出となって残るのではないでしょうか。
また、ただでも情緒たっぷりな、柳川川下りで有名な水路の街と、伝統あるひな祭りのさげもん。
「おひな様水上パレード」は必見です!
柳川市さげもんの風習の由来は?
さげもんは、福岡県柳川市に伝わる風習。吊るし飾りのひとつ。女児の生まれた家庭では、その一生の幸せを願い雛壇は父方の実家から、
さげもんは母方の親戚、母、祖母が用意する。
また、おばあちゃんや、ひいおばあちゃんが作った見事な柳川まりなどの細工物を
代々伝えていくことは本当に素敵なことですね。