書道をする時に、墨汁を墨で擦った経験はありませんか?墨で擦った墨汁で書くと、色合いが変わって書に深みが出ますよね。様々な形の墨がありますが、ごつごつした形が特徴的な墨「握り墨」は自分で作ることも出来ます。
今回は手作りすることも出来る握り墨と、奈良の伝統工芸の奈良墨について調べてみました。
「握り墨という言葉を初めて知った…」という人も、ぜひ一緒に伝統工芸の墨の世界を覗いてみましょう。
もくじ
握り墨とは?
握り墨とは墨の成形段階で、墨を握って指の形をつけてそのまま乾燥させたものです。
通常の墨は長細い四角い型に入れて乾燥させますが、握り墨はちょっと形が特殊ですよね。
握り墨は型で形成した柔らかい状態の墨を、手で握って形をつけることから「握り墨」と呼ばれています。特徴的な形は指の跡なので、大量生産型の形ではないのが魅力の1つです。
また墨汁をするだけでなく、凹凸部分に筆を置くことも出来るので利便性もあります。
「奈良墨」の国内シェア90%以上を誇る奈良県では、観光の一環として自分だけの握り墨を作る体験を実施している工房があります。オリジナルの墨の形は、愛着が湧き書道の時間も楽しみになりますね。
握り墨の材料は?
握り墨の黒色は美しいなめらかな色合いですよね。墨汁に独特な風合いを与える墨は、どんな材料で作られているのでしょうか。
墨を作るためには
・煤(すす)
・ニカワ
・香料
・木型
の4つが必要になります。
特に墨のきれいな黒の色合いを出すのが、「煤」です。
煤の種類で、色合いや深みが異なるのも墨の特徴と言われています。
握り墨に使われる材料について、もう少し詳しく見てみましょう。
・松煙(しょうえん)
名前にある通り、松ヤ二を燃やして採取される煤のことです。墨に使われる松煙は、根元にマツタケが生えることで有名な「赤松」を使います。赤松は希少価値が高く、松煙の価値も大変貴重です。
松煙を使った墨は漆黒のように濃くのある色味から、青みがかった灰色のような美しい変化を楽しむことが出来ます。
・油煙(ゆえん)
油煙は植物の油から採られる煤で、松煙よりも粒子が細かい特徴があります。使われる植物は菜種や胡麻、椿や桐を搾って使います。菜種油を使った油煙は価値がもっとも高く、植物油の中でも光沢が大変きれいに出ると言われています。
油煙の色味は変化のある松煙とは違い、黒が一際美しいツヤのある純正の黒色になります。
・龍脳(りゅうのう)
煤とニカワを混ぜる時に、ニカワの独特な臭いを消すために龍脳を入れます。
龍脳は色味がなく無色透明で、粒の荒い塩のような結晶です。ナフタリンのような防虫剤に近い香りがします。墨を作る時は香料と混ぜて使われることが多いので、龍脳自体の匂いが強く薫ることは少ないでしょう。
・香料
龍脳と混ぜてニカワの臭い消しに使われます。墨独特の香りを際立たせる効果が期待出来ると、古くから梅など香料として使われてきました。
使用する香料の種類に決まりはなく、ムスクや梅花香などオリジナルで調合したものを使う職人も多いです。独特な臭いをもつニカワとの相性を考えることも、香料を選ぶコツと言えるでしょう。
墨を擦った時にもっとも香りが濃くなるので、墨の香りを楽しむことが出来ます。
松煙墨とは?
赤松の枝や、皮を燃やして松から煤を採ります。
松から採った煤の「松煙」に、ニカワ・龍脳・香料を混ぜて作る墨を「松煙墨」と呼びます。
また松煙は粒子が大きく不純物が混ざりやすいので、より自然な色合いの墨の色合いになります。松煙墨を使った墨は、時間が経つ程青みがかった黒色の変化を楽しめます。
日本では奈良時代に多くの書を残すために、松煙墨が大きく普及し墨作りが盛んに行われるようになりました。
油煙墨とは?
植物油から採った油煙から作った墨を、「油煙墨」と呼びます。最高クラスの菜種油の煤の使った油煙墨は松煙墨より高値がつくものもある程、キメ細やかなツヤのある美しい黒色になります。
日本で油煙墨が使われ始めたのは、松煙墨よりも遅く鎌倉時代と言われています。
鎖国する前の江戸初期には中国から菜種が輸入されたこともあり、油煙墨が大きく普及するきっかけとなりました。江戸時代は寺子屋など庶民も書に親しむ機会が増え、墨の質や植物油の種類もどんどん増えていく足掛かりになったと言えるでしょう。
握り墨が体験できる場所は?
現代では文具店や、ネットで手軽に墨を購入することが出来ます。
しかし手作業の墨作りは伝統工芸になるため、全国各地で行われている訳ではありません。
また握り墨は墨作りの工房の中でも、体験出来る場所が限られていることもあります。今度は握り墨を体験出来る場所を調べてみました。
・奈良県は握り墨を体験出来る工房が複数ある
奈良県は古くから墨作りが盛んで、今でも墨を手作りしている工房が健在しています。全国でも珍しい身近に墨を感じられる「握り墨体験」が出来る店舗があり、自分だけのオリジナル墨を簡単に作ることが出来ます。実際に握り墨体験が出来る工房を見てみましょう。
・錦光園(きんこうえん)
創業150年の歴史をもつ錦光園では、昔ながらの伝統的な作り方で墨を製造しています。外国から観光客も多く、書道体験なども受けることが出来るため大変人気の工房です。
錦光園で体験出来る握り墨は、墨職人が目の前で墨を型入れしてくれるのでじっくり近くで見たい人にぴったりです。
また別途料金で、作った握り墨に金箔張りが出来るオプションもあります。
握り墨体験の予約は電話だけでなく、公式サイトの申込フォームやFaxでも受け付けています。電話予約が苦手な人でも、申し込みやすいのは嬉しいですね。
・古梅園
老舗の「古梅園」は、なんと創業1577年の伝統を現代に受け継ぐ墨工房です。
「古梅園」では1人でも握り墨の体験が出来ます。墨を作る作業場を大きな窓越しに見学しながら、握り墨の体験場へ向かいます。実際に作業している職人から手渡しで墨を受け取る経験は、なかなか出来ないですよね。
職人の細かい動きを間近に見られるので、墨がどういう工程を経て完成するのかチェックしてみたい人におすすめです。
墨は暑さが厳しく気温が高い時期に作ると、材料のニカワが腐ってしまう…という製法の難しさがあります。工房によっては握り墨体験を受け付けていない時期もあるので、予約時にチェックしておくと良いでしょう。
まとめ
ネットが普及し文字を書く機会がどんどん減ってしまう中で、書道に使う墨を身近に感じる人は少ないですよね。
墨は知っていても、「握り墨」という言葉を聞いたことがない人も多いのではないでしょうか。
握り墨とは乾燥前の柔らかい墨を手で握り、凹凸をつけて乾燥させたものです。手に合わせた形なので、まったく同じものがないのが特徴です。
「墨」というと、ただ黒いイメージがある人も多いですよね。握り墨でも使われている伝統的な作り方は混ぜる煤の種類によっても、独特の黒の色合いが変わります。松ヤ二から採った松煙で作られる松煙墨は、黒の中に青みがかかっており時間が経つ程に墨の色の変化も楽しむことが出来ます。一方植物油から作られる油煙墨は、黒が際立ちツヤのあるくっきりとした「純黒」の色合いを醸し出します。
松煙墨・油煙墨とも手作業で作られる墨のため、現代では受け継ぐ工房も歴史とともにグッと減
少しました。
しかし古くから墨作りが盛んで、現在も伝統的な工房がある奈良県では握り墨の体験を行える店舗があります。伝統的な墨作りの製造工程や様々な墨の種類に触れながら、ぜひ握り墨の体験をしてみてはいかがでしょうか。