お彼岸の時には小豆をたっぷり使った「おはぎ」を食べますが、なぜ食べるのか知っていますか?縁起が良いのは分かりますが、なぜ縁起が良いのか説明できる人は少ないはず。そこでお彼岸の「おはぎ」がなぜ縁起が良いのか調べてみました。
もくじ
お赤飯が縁起が良いように、おはぎも縁起が良いんです。
砂糖は昔は貴重品でした。
お彼岸におはぎの意味や理由は?おはぎは、先祖供養のためにお供えします。
なぜおはぎなのかと言うと、使われているその素材に意味があります。
お彼岸におはぎを供えることが広まった平安時代~江戸時代後期、おはぎの材料である小豆は漢方薬として日本に輸入され、おはぎに使う砂糖はその当時、高価な食べ物でした。
つまり、高価な素材で作られたおはぎは普段食べることの出来ない豪華な甘味で特別な日のみ食べられていました。
また、小豆の赤色は邪気を払うと言われ縁起物として扱われていました。赤飯もそうですよね。
小豆は秋分の日を前に収穫されるので、収穫の感謝の意味でもお彼岸におはぎを供えるようになったのです。
当時は砂糖も小豆も貴重で縁起が良いものなので、
この二つを使って作られたおはぎが供え物として喜ばれたのでしょう。
今よりご先祖様を大事にする時代だったのかもしれません。
その風習が今も続いているようです。
小豆の収穫を祝っておはぎを食べる意味もあります。
豊作の恵みに感謝です!
祖母が作ってくれた「おはぎ」や「ぼたもち」は店頭で見かけるその大きさの2倍はあるため食べ応えがあった。小豆を使う理由
小豆は夏場(7月から8月)に開花し収穫は秋の9月から10月に行われる。その為この秋の豊作の恵みに感謝する意味を込め、昔、貴重な食材であった砂糖と組み合わせ先祖様にお供えするようになったことが今の現代にも受け継がれてる。小豆の色にも実は意味がある。古代から赤色には、魔除け、厄払いの意味があり、赤みを帯びた小豆色にもその意味があるとされてきた。つまり縁起をかつぐ意味でもある。祝いの席で小豆を利用した赤飯を作ることが今でも受け継がれているのは、縁起が良い食べ物であるという意味合いからである。
小豆の収穫を終えた時期ですから、その小豆を使って供え物を作ったのもあるでしょう。
農家などは特に収穫の喜びをご先祖様に伝えたかったはず。
小豆自体はおはぎが誕生するより遙か昔より、縁起が良いものとして用いられてきました。
邪気を払う!先祖供養にはぴったりの供え物です。
江戸時代はおはぎはごちそうでした。
お彼岸におはぎをお供えする風習は、
江戸時代から始まったとされています。日本では昔から、
お餅は五穀豊穣を、
小豆は邪気を払う食べ物とされ、
おはぎ自体が縁起の良い食べ物と
言われていました。またお米とアンの、
2つを合わせて作る食べ物から、
「心と心を合わせる」
という意味もありました。これが先祖供養と結びついて、
お彼岸にはおはぎを供える
事となったんですね。また現在のような甘いおはぎを、
一般庶民が普通に
お供えできるようになったのは、
明治以降のこと。江戸時代当時、
砂糖などの甘味は、
まだまだ今と比べて、
超高級品だったようです。
小豆はそれ以上に特別パワーのあるものとして扱われていたようです。
邪気を払う食べ物などあまりありませんので、
小豆がいかに日本人の生活で大事だったかがわかります。
めでたい時には小豆を炊く。これはかなり昔から日本の風習として伝わってきているようです。
おはぎとぼたもちの違いとは。
基本的には一緒ですが、いろんな分け方も存在しています。
大きさによって、「おはぎ」と「ぼたもち」を呼び分ける地域もある。
これも萩と牡丹の花に通じるもので、それぞれの花の大きさから、おはぎは小さめに作り、ぼたもちは大きめに作られる。おはぎには「つぶあん」、ぼたもちには「こしあん」を使い、あんこの違いによって呼び分けることもある。
これは、収穫シーズンとなる秋の小豆は、皮までやわらかいことから、秋のおはぎには「つぶあん」を使い、春の小豆は冬を越して皮が硬くなっていることから、春のぼたもちには「こしあん」を使ったためといわれる。その他、もち米を主に使ったものを「ぼたもち」、うるち米を主に使ったものを「おはぎ」と呼び分けたり、小豆餡を使ったものを「ぼたもち」、きな粉を使ったものを「おはぎ」
しかし、季節がかなり違うので地方によって作り方を変えているところも多いようです。
小豆の収穫の関係で、おはぎはつぶあん、ぼたもちはこしあん、と言う分け方は理にかなっています。
砂糖も小豆も手軽に手に入る時代ですから、おはぎとぼたもちを作り分けると楽しいかもしれませんね。