【知らなかった!】七夕のお菓子でもある索餅ルーツを徹底解説!

 

七夕と言えば、短冊を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。天の川に見立てて5色のそうめんを食べる、という習慣がある地域もありますよね。

日本には昔から特別な行事に決まったお菓子や、食事を食べる習わしが多く残っています。今回は五節句の1つ、七夕についてご紹介します。

あまり知られていない七夕のお菓子や、七夕の由来を知りたい人もぜひ参考にしてみてくださいね。

七夕とは?その起源や始まりとは?

七夕の物語と言えば、「織姫」と「彦星」が1年に1度だけ会える日という伝説が有名ですよね。奈良時代に伝わったとされる物語で、現在でも多くの人が七夕と言えば織姫と彦星の伝説を挙げる人も多いのではないでしょうか。

しかし七夕には、こんな由来も関係していると言われています。

豊作を祈るお祭り「棚機」(たなばた)

秋は多くの作物が実りを迎える季節です。夏に水不足になってしまうと「凶作」とされ、厳しい冬を過ごすための作物がとれない時期となり多くの人が飢えてしまいます。そのため日本では夏に秋の豊作を願う「棚機」(たなばた)、という行事を行っていました。神への供物として供えられたのが、織物です。

お供え物の織物を作る機械のことを「棚機」と言っていたことから、後に夏前に豊作を願う行事のことを「たなばた」と呼ぶようになったとも言われています。

中国の「乞巧奠」(きこうでん・きっこうでん)

中国の古い「乞巧奠」(きこうでん・きっこうでん)という、習慣が七夕の起源の1つになっている…とも言われています。

「乞巧奠」とは裁縫や織物の上達を願う習慣の1つです。裁縫が得意だった「織姫」にあやかり、上達を願って裁縫道具の針や糸などを祭ったことが始まりとされています。

中国から日本に伝わった時には、裁縫以外に書道・芸事などの上達も一緒に願う習わしとして根付きました。「七夕に短冊に願いを書く」という風習にも、「乞巧奠」が繋がっているのではないでしょうか。

織姫・彦星の伝説以外にも、2つの行事が七夕と関わって今の「七夕」の形を成しているのですね。 

七夕行事食の由来や食べ物

お正月ではおせちを食べたり、端午の節句には柏餅やちまきなど行事に由来した食事をする風習がありますよね。七夕行事の食べ物には、どんな由来があるのでしょうか。詳しく見てみましょう。

七夕は「そうめん」が代表的な行事食

七夕を迎えると「そうめん」を食べる人も多いのではないでしょうか。

そうめんは「糸」のような形状から、織姫を連想させる夏の食べ物ということで広まりました。七夕の時期は中国の旧盆にあたり、お供えしていたお菓子がそうめんに似ている形状であったことから日本ではそうめんを食べるようになった…と言われています。

しかしそうめんが七夕の行事食として広く定着したのは、近年になってからという説もあります。

特に日本は6月以降になると、お中元でそうめんを送る人も多いですよね。お菓子よりもそうめんを食べる文化が浸透しやすかったので、七夕にそうめんという行事食が浸透したのではないでしょうか。 

七夕に食べると良いお菓子は「索餅」

日本でそうめんを食べるルーツとなったのが、中国の「索餅」(さくべい)というお菓子です。縄状にねじった似た目から「麦縄」(むぎなわ)と呼ばれることもあります。

「索餅」は揚げパンのようなお菓子で、ツイスト状にひねりがある見た目も特徴的ですね。原料は米粉や小麦粉に、卵・牛乳・砂糖…といったシンプルで身近な材料ばかりです。

材料を全部混ぜたらツイスト状に形を整えて揚げるだけなので、手軽に家庭でも作れるお菓子です。変形型のドーナッツとも言えるでしょう。

日本では奈良時代から平安時代頃に伝わり、後の「そうめん」の由来になったと言われています。ちなみに奈良時代から平安時代は、揚げずに茹でて作られていました。時代とともに日持ちする調理方法へと、どんどん変化していったのがわかります。

そうめんのルーツともなった「索餅」ですが、中国ではなぜ七夕に食べるようになったのでしょうか。

「索餅」のルーツは?

中国で「索餅」が七夕の行事食として広まったのは、中国の古代天帝の一人「高辛」にルーツがありました。高辛氏の子供が7月7日に亡くなり、巷では熱病が流行ります。その際に高辛氏の子供が好んで食べていた索餅を供えると、流行病が収まったと伝えられていることから、病除けの意味を込めて7月7日に「索餅」を食べる習慣が広まりました。

中国では病から身を守る食べ物として、「索餅」が食べられていたのですね。 

五節句の七夕の食べ物以外に節供がある

今まで七夕について触れてきましたが、日本には七夕以外にも特別な食べ物を食べる習慣のある節句があります。それぞれの節句と食べ物を見てみましょう。

1月7日 人日の節句・・・七草粥

お正月の胃疲れを癒すために、春の七草を入れたお粥で食休めを行う行事です。春の七草は、セリ・なずな・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロの7種類。

七草はビタミンなど栄養素が豊富なので、昔は冬時期の貴重な栄養補給の行事としても大切にされていました。

3月3日 上巳(じょうみ)の節句・・・ちらし寿司・雛あられ・菱餅・甘酒

桃の節句とも呼ばれる、女児の誕生を祝う行事です。雛人形を飾り、無病息災を願ってちらし寿司や雛あられなどを食べる習わしがあります。

ちなみに菱餅で使われている緑・白・ピンクの3色には、厄除けや健康・子孫繁栄や長寿・魔除けの意味が込められていると言われています。

5月5日 端午の節句・・・柏餅・ちまき

桃の節句と対になる、男児の誕生を祝う行事です。鯉のぼりや兜・五月人形を飾り、柏餅・ちまきを食べて無病息災を願います。

また邪気を払うと言われる、菖蒲の葉を湯船に入れて厄除けを行う習慣もあります。

9月9日 重陽の節句・・・菊酒

菊の節句とも呼ばれる、健康と長寿を祝う行事です。平安時代に中国から伝わった伝統の一種で、薬草として知られた菊をつけこんだ酒を飲むことで長寿や厄払いを行っていました。現在はあまり行われていない風習ですが、菊が旬となる秋に菊人形の祭りを開催する地域もあります。

上記の節句に先ほどご紹介した7月7日の「七夕」を入れて、五節句と呼ばれています。

五節句とは?

一年には五節句以外にも、行事がたくさんありますよね。「五節句」は、もともと中国から伝わった習慣が元となっています。

中国では奇数は縁起の良い数字であると考えられ、また季節の変わり目に旬の食材を食べて厄除けを行う風習が日本に伝えられました。日本では奈良時代に宮中行事として広まり、江戸時代に祝日のような公的に定められた日として、「五節句」が認定されるようになります。

その後明治時代に祝日などの「五節句」制度は廃止されますが、今現在も年間行事として様々な地方で縁起の良い習わしとして伝えられています。 

まとめ

七夕の由来や「索餅」から、「五節句」まで日本の代表格の習わしを見てきました。七夕は織姫・彦星の伝説だけでなく、豊作を願う祭りと中国の習わしが合わさった形が今の「七夕」の習わしの元となっているのですね。

シンプルで手軽に作れそうな「索餅」も、そうめんと一緒に七夕の夜に無病息災を願いながら食べるのも良いでしょう。日本の古くから伝わる「五節句」の意味や、食べ物の習慣を考えると一年の行事を楽しんで過ごせそうですね。

ぜひ今回ご紹介した内容を参考に、七夕や五節句を家族や大切な人と過ごしてみてはいかがでしょうか。

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