【金魚ねぷた・犬張子・さるぼぼ】幸せを願う日本の縁起物!

 

 

日本の縁起物はたくさんあって、それぞれに意味が込められています。今回、津軽錦の形に似た「金魚ねぷた」、安産祈願を願う嫁入り道具の一つ「犬張子」、子宝祈願を願ってお土産としても愛される「さるぼぼ」の有名な縁起物3つ調べてみました。

もくじ

ねぷた祭で見ることができる、金魚ねぷた

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弘前ねぷた祭とは津軽の夏を彩る祭りで、三国志や水滸伝などの武者絵を題材とした大小約80台の勇壮華麗なねぷたが、城下町弘前を練り歩く夏まつりです。

また子供たちが手に持って歩く、藩政期の津軽で飼育されていた金魚「津軽錦」の形を模した、「金魚ねぷた」がかわいらしく、とても趣があります。

金魚ねぷたとは

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津軽錦は、もともと津軽のお殿様が可愛がっていたそうです。

金魚は、中国から津軽に1696年に鯉等と一緒に播州等から移入した説と、1760~70年に藩士が京都から持ち帰り藩主に献上した説とがあります。

天明年間には、既に藩士が藩の命により飼育、改良が続けら、その後、広く一般でも飼育されるようになりました。

昭和2年には、弘前金魚協会によってこの独特な趣のある地金魚は「津軽錦」と命名されます。

津軽錦の姿は、まん丸な体型と尾ビレが体長の3倍にもなるほど長大でしかも四ツ丸尾とも言われるように分かれています。その中でも最大の特徴は、「背ビレがない」こと。

こんな優れた特徴と伝統を持つ「津軽錦」を原型に創出されたものが「金魚ねぷた」だと言われています。

「津軽錦」は長期間にわたって藩の保護のもとに飼育、改良を重ねた品種として出来た。

金魚であって独特の趣きをもったものであり、金魚を藩の産業としてとりあげ、その成長を他藩への交易にて充て藩財政の一助にと予定したが実現することは無かった。

しかし事業化は出来なかったが金魚灯籠・金魚ねぶたと形を変えて遺され、伝承されています。

そしてその現物をみたという願望が強く、その思いがせめてもの形として作り出されたのが金魚ねぶたとなったといわれています。

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この金魚ねぷたは、幸せを呼ぶ金魚と言われえています。
縁起物として、家の軒先に吊るしたり、かばんにつけたりなどするそうですよ。
また、ねぷた祭の時期になると色んなところに、金魚ねぷたがぶら下げられているそうです。
丸い目がとても可愛いですね。

安産祈願、犬張子

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張子の犬の歴史は平安時代にまで遡ります。

当時は現代のような医学も知識も無く、出産や育児は女性にとってとても大事で、まさに命懸けのことだったのです。

少しでも無事に出産が出来る様にとの気持ちから、古来から人に近くいる動物の中で安産でたくさん子供を授かる犬にあやかり、暦の「戌の日に腹帯」を巻いて「犬張り子」を飾るようになりました。

犬将軍と言われた徳川5代将軍「綱吉」のように、犬はどの時代でも大切に扱われていたようです。

人間にとってとても身近で、外に対する威嚇も出来るのに従順で、安産多産で子供をとても大切に育てるところからあやかられたのだと思います。

江戸時代に入ってからは、嫁入り道具の一つになり、雛飾りにも使われました。

初期の犬張子は口を開いていて、現在のような丸みを帯びた顔ではなく、犬らしい、細長い顔をしていました。

立ち姿の犬張子は、粗末ながら洗練された単純さがあり、その姿は江戸庶民の心を捉えました。

江戸末期に近づくと、次第に縁起的傾向が出てきます。かたちにも変化が現れ、丸みを帯びて、現在のかたちに近づきます。

そして江戸末期から明治にかけて、子供の成長に関わる儀礼と犬張子とが、
密接に関わるようになります。

犬張子に、子供の健やかな成長を願うようになり、
初宮参りの際には、親戚や知人から、犬張子が贈られる習慣ができました。

犬は、一度に多く生むのにお産が軽いので、安産の象徴とされてきたそうです。
今でも、安産祈願や子供の成長を祈るなどのお守りとされているそうですよ。
関西では、東犬と呼ぶみたいです。

病気や災いから守るお守り、さるぼぼ

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さるぼぼは、飛騨高山など岐阜県飛騨地方で昔から作られる人形。

さるぼぼは猿(さる)の赤ちゃん(ぼぼ)という由来があって名付けられました。

飛騨高山地方では、赤ちゃんのことを「ぼぼ」といったそうです。真っ赤な顔の猿の赤ちゃんをイメージしています。

さるぼぼの「さる」にはいくつかの言葉に重ねた意味があります。「猿」と書かずに「去る」と書くと、「災いが去る(さる)」「疫病が去る(さる)」とも言われて心身の安全を祈願する意味合いがあります。

さるぼぼの「猿」を音読みして「えん」と読めば、「良縁(えん)」「家庭円(えん)満」「子縁(えん)」とも言われます。

「子縁」は「こえん」とも「しえん」とも読みますが、子どもに縁があるという意味です。これが子宝祈願に繋がります。

飛騨高山の”さるぼぼ”は、その昔はおばあちゃんが赤ちゃんに作ってあげたお守り代わりの玩具だったというように、とてもシンプルなデザインです。

黒い前掛けには「飛騨」と書かれているものもあります。

子宝をのぞむ夫婦が、飛騨高山でさるぼぼを購入することも多く、お土産だけでなく子宝祈願で訪れる観光客もいるようです。

最近では、赤色以外のカラーもあるみたいですよ。
子宝に恵まれるのは、オレンジらしいです。寝室の北側に飾るといいそうです。
最初は赤色しかなかったそうですが、最近は風水にちなんだ商品も出しているそうで、金運は金色だそうです。
揃えてみるのも楽しそうです。

顔がないのはなぜ?

さるぼぼ」は持っているその人の身代わりになって災難から守ってくれると伝えられています。

顔が入って、そのものに固定されてしまわないように顔が無いようです。

また顔を入れないことで、いつも自分と同じ気持ちになってくれ、うれしい時はうれしく、悲しい時は一緒に悲しんでくれるので、かわいいと言われる方が多い様です。

こういう思いが込められているのは、素敵です。
人はその時々で色んな感情があるものだから、それに寄り添ったお守りなんですね。
また、一つ一つ手作りで作っているそうなので、それもまた良いですね。
絵写経

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